暗黒王子と危ない夜
現れたのは、下りる前とほとんど何も変わらないコンクリートの壁に囲まれた空間だった。
机や椅子がある“部屋” なんかじゃない。
仕切られたただの “空間” が存在しているだけ。
「変哲な造りのくせに、たどり着いた先に楽しめるものは何一つない。俺、初めてここに入ったとき、ああ、まさに地獄だと思ったね」
やれやれとしゃがみこんだ中島くんが、胸のポケットから何やら白い箱を取り出した。
「あはは、空っぽ。前にカートンで買ったやつの最後の一箱だったのに」
口元だけで笑いながら、持っていた方の手でくしゃりとそれを握り潰した。
「黒蘭に来ると空気が不味くて不味くて。つい本数増えちゃってさ」
言い訳する子どもみたいに頭に後ろ手を持っていき、軽くうなだれる。
「ここはさ、仕置き部屋なんだよ。黒蘭のルールに従えなかった奴が、スマホも何もかも奪われて、一晩、一人で閉じ込められんの」
視線こそこちらに向いていないものの、口調から、あたしに話しかけているのだと分かる。
「何もない、誰もいない。人間って、案外それが一番こたえるんだよな。長時間続くと尚更。……暴力を振るわれるよりも、罵声を浴びせられるよりも」
ふぅーっと、煙草の煙を吐き出すみたいな気だるいため息。
ぼんやりと宙を眺めた中島くんは、しばらくそうしたあとに、あたしに手招きした。
「相沢さんも座りな。ふたりきりだし、 本多クンの話でもしようか」