陽だまりの林檎姫
「…っ!?」

反射的に瞬きを重ねて息を飲む。

不思議な温度が二人を包み栢木の鼓動は不安とは別の感情で忙しなく駆け出していた。

「この髪は…身を隠す意味で付け始めたのか?」

髪に指を通す、その視線がくすぐったい。

「…いいえ。北都さんに目立つと言われたので。」

「なら俺の言葉も時には役に立つんだな。」

ふわりと微笑む北都が出すやわらかい空気は栢木を翻弄させた。

鼓動が大きく全身に波打って伝わっていくような感覚、痺れるような衝動に体が動かない。

「いいんじゃないか?その髪も、お前に合ってる。」

そう言って手を離すと北都は栢木の横をすり抜けて屋敷の方へと歩き出した。

一体何だというのだ、この衝撃は。

「そんな事言って…乙女心をくすぐっても許しませんよ。」

いつもとの違いに戸惑っていたが平常心を装い睨みを利かせる。

普段の北都なら少しの間をあけずに舌打ちをして不満そうにする筈だった。

しかし予想外に北都は淋しそうな横顔で微笑み、片手を上げてひらひらと手を振る。

「駄目か。」

言い放った言葉もどこか力がない。屋敷の方に向かって歩いていく姿も、月明かりのせいか、どこか儚いような気がした。

引きとめようとそこまで出かかった言葉も飲み込んでしまう。

おかしい、今この時にいつもどおりの事が何一つない。

北都に触れられた髪を掴むと栢木は何も言えないまま前を歩く北都を追いかけた。

さくさくと草を踏む音が栢木との距離を北都に知らせ、それによって北都が栢木の方を振り返る。

「まるで犬だな。」

相変わらずの感情を見せない表情に、いつもどおりの北都だと少し安心した。
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