イジワル上司に甘く捕獲されました
「……別にお世話はしていないけれど。
アンタ、もう少し警戒心持った方がいいんじゃない?」

「……え?」

小首を傾げてニコッと微笑んだ彼はとても魅力的で。

ドキッと心臓が大きな音をたてたのも束の間。

右側には積み上がった段ボール、背中には玄関の壁、両手にはシューズインクローゼットに片付ける靴という状態の私に。

トンッと長い片腕を私の左頬のすぐ近くに置く彼。

綺麗すぎる顔立ちを私にグッと近付ける。

狭い玄関に漂う彼の香りが私を取り巻いて。

「……っ」

私は驚いて目を見開く。

同時に心臓が狂ったように早鐘をうつ。

「……ホラ、逃げられない」

左耳のすぐ横で囁かれる、低い色気のある声にカアッと頬が熱くなる。

先刻までの魅力的な笑顔から一転。

ズル賢そうにさえ見える笑みを浮かべて彼は私の顔を覗きこむ。

彼の吐息が私の唇を掠める。

……まさか……キスされる?

思わず目をギュッと閉じて俯く私に。

「バーカ」

と頭上から降り注ぐ声。

それからムニュッと鼻を掴まれる感触。

目を開けると、壁から腕を離して、馬鹿にしたような表情の彼がいて。

「な、危機感ゼロだろ?」

と言った。

「……な、何を……」

真っ赤になった顔を彼に向ける私に。

「色気の欠片もないアンタに俺は邪な感情は抱かないけど。
世の中の物好きな奴にはつけこまれることもあるんだよ。
……今日会ったばかりの男を同じマンションだからって、勝手に信用して、女一人の家の中にホイホイ入れんな」

少し厳しい目をして、お説教をしてくれた。

……そのとおり、なんだけれども。

何だか失礼なことを言われた気がする……。

それに、注意するだけならあんな演出必要ないじゃないっ。

そんな風に反論したい気持ちがムクムク渦巻いていたけれど。

目の前の彼の強すぎる眼力に。

「す、すみません……」

とだけしか言えずにいた。








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