Spice‼︎
桐原はこの湯河原という町に特別な思い入れがある。

海が綺麗な町で山の方に行くと有名な温泉街がある。

桐原にはその場所に今は亡き両親との幸せな記憶があった。

桐原は両親と泊まったその老舗旅館に宿を取った。

「高そう。」

「ここに来てそんなことしか言えないのか?」

梨花は桐原が懐かしそうにこの宿を見ていることに気が付いていた。

「もしかして思い出の場所ですか?」

桐原は何も答えなかった。

「昔の恋人と来たとか?」

「そうかもな。」

梨花はその答えにすこしムッとする。

桐原にはこの場所が最後の幸せな記憶だった。

その後、父の会社の経営は悪化し
一家は離散、父の自殺と
桐原家はどん底に突き落とされた。

あれから笑顔を忘れ、
人を信じることも忘れた。

ただ母だけに苦労をかけまいと生きてきた。

奨学金のために死ぬほど勉強したし、
出世するために人を蹴落として来た。

利用できる者は利用し、
利用出来なくなれば切り捨てることも何とも思わなかった。

梨花に会う前の自分はもはや人では無かった。

結局、大切な梨花まで利用した自分がゆるせないままでいる。

ここに来た頃の純粋で人を恨むことなど知らなかった自分を思い出したかった。

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