黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
それはフリムラン人が旧くから好んできた言い伝えだった。
凍てつく冬にあたたかい部屋と食事をもたらす煙突掃除人は、幸運の象徴だ。
フィリーが自分の手を眺め、肩を落とした。
「でも、汚れているわ。それに、私がどこの国の王女か、あなたのご両親がお知りになったらきっとすごく叱られてしまうから……」
「だいじょうぶ!」
ジャンニは率直に距離を詰め、引っ込めようとしていたフィリーの手を両手でぎゅっと掴んだ。
頬を紅潮させて満足そうに笑う。
「ありがとう!」
ジャンニが煤汚れの移った手を誇らしげに掲げると、フィリーの目の前にはあっという間に行列ができ上がった。
子どもたちが順番待ちをして、次々にフィリーの手に触れていく。
フィリーには拒絶の言い訳もなく、ただ目を丸くして手を差し出していた。
時々子どものおしゃべりに応えてはにかんでいる。
相手が年端もいかない子どもならギルバートもまだ我慢できた。
けれど見物をしていた男たちまで列のうしろに並び始めると、もう待ってはいられなかった。
ソワソワしている大人たちの目の前から、フィリーを攫うように抱き上げる。
「時間切れだ。うるさくしてすまなかったな」
途端にそこら中から不満の声が湧き出す。
ギルバートは激しい抗議を片っ端から無視し、ついにフィリーを連れ去ってしまった。