黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「はい、どうぞ」
しばらくしても返事がないので、怪訝に思ってドアを開けた。
着替えのドレスを抱えて廊下に立つカミラは、思い詰めた顔をして俯いていた。
もしカミラが役割を放棄したいと思っていたとしても、誰も彼女を責められない。
フィリーは小さく微笑んで腕を差し出した。
「ありがとう、受け取るわ。実は着替えもひとりでできるの」
立ち尽くすカミラが、黙ったまま頑なに首を振る。
目に溢れそうなほど涙を溜めているので、フィリーは戸惑いながら侍女を部屋の中に引き入れた。
カミラが鼻を啜って呟く。
「ずっと、ミネット人を憎んできました」
丸い頬を涙がポロポロと伝い落ちる。
「兄を奪った人たちを、同じ目に遭わせたかった。いつも願っていたんです。ギルバート様のように剣を握る力のない私でも、ミネットに復讐をする機会を与えてほしいと。だからあなたは、兄からの贈り物なんだと思いました。華奢でお人好しなあなたなら、いつでも報復を遂げることができる。すべてのフリムラン人が望むことです」
カミラが苦しそうに眉を寄せた。
「それなのに……あなたを恨まなくてはいけないのに……そばにいたら、嫌いになれないから」
小さく、まるで許しを乞うように囁く。
「兄は、こんな私を叱るでしょうか」
カミラは声を上げて泣き出した。
フィリーがためらいがちにカミラの震える肩に腕をまわす。
ふたりはお互いを抱きしめ、カミラの涙が枯れるときを、ただじっと待っていた。