私を作る、おいしいレシピ
プロローグ

小さな頃、私と一番遊んでくれた大人は、保育園の先生だったと思う。

父は年に数えるくらいしか帰ってこないし、母はいつも帰りが遅い。
お迎えに来るのも、ご飯を作ってくれるのもお手伝いさんで、休みの日の母は出掛けるか寝ているか。
一緒に暮らしているのに、顔を合わせるのは朝くらいで、私は、おかあさんの絵を描こうねって言われたとき、ぼんやりとしか顔が思い出せなかった。

それが当たり前だと思っていたけれど、成長とともに、普通とはかけ離れているということにも気づく。
夕食を一緒にたべたり、休みの日に一緒に遊んだりするのが普通のおうちだって、保育園の年長のころにはぼんやりわかってきていた。

だから言ったんだ。


「おかあさん、今日も出掛けるの」


その日は日曜日。
保育園はお休みで、朝からお手伝いさんが来ていた。

寂しさからか、私の背中にすがる弟と一緒に、出かける直前の母の背中に問いかけた。

そしたら、母は色のついた尖った爪を私たちに向けた。

綺麗に整えられた爪は鋭利な刃物にも似て、小さな私は一瞬怯えた。
けれど、予想に反してその手は私たちの頭を撫でた。
ほっとしたのと同時に、母親に対してそんな風に思ってしまう自分がとても嫌だと思った。


「ごめんね。いつも一緒にいてあげられなくて」


ほっ、と音に出そうなため息が出た。
母の言葉が優しかったから、安心したのだ。

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