副社長と愛され同居はじめます
間抜けな声が出た。
さっきからしつこいくらいに同じ疑問が頭の中で繰り返されている。


なんで、”知ってる”のか。
あんな大きな会社の、ほんの片隅の一社員のフルネームを、ましてや副業やそれに至る事情を、副社長なんて人が知っているものなんだろうか?


ありえない。



「……あの」

「なんだ」

「私を、ご存じなんですか」

「だから、さっきから知ってると言ってる」

「そうじゃなくて」



今初めて、この人と真直ぐに目を合わせた気がする。
端正過ぎる顔立ちと、彼の思惑が何もわからないことに気後れはするけれど、今の会話でなんとなしに察することができた。



「どこかで、お会いしたことがありましたか」



彼は、私が不思議に思うこともわかっていてわざとはぐらかすような受け答えをした気がする。
私の質問に彼はくっと口角を上げ、それは私の目には肯定のように受け取れた。


彼は、一社員のデータとしてではなく、一個人として「荒川こはる」を知っているんだ。


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