副社長と愛され同居はじめます
店に着き通用口から中に入ると、若い黒服が声をかけてきた。



「ヒナタちゃん、遅いよ! 大丈夫?」

「すみませんすぐ準備します」



ヒナタ、は源氏名で、荒川こはるが私の本名だ。
日向でぽかぽかって雰囲気だからと、入店した日にママと店長が決めた。


安直な、と思ってしまったことは、当然胸の中で収めておいた。


更衣室に入ると、手前が休憩用のソファとテーブルが置いてあり、奥にロッカールームがある。
ソファで既に準備を終えた先輩キャバ嬢が数人、メイクのチェックをしていた。



「お、はようございます」

「はよー」



だるそうな声で、返事がちらほら。
四月からここでバイトをするようになって、一か月。


この時間に朝の挨拶をすることに、やっと少し、慣れた。
だけど、この休憩室の空気にはイマイチ馴染むことができずにいた。


こそこそと肩を小さく竦めてロッカーにたどり着くと、慌てて着替えを始める。


出勤前に美容室でセットしてもらっている人がほとんどのようだが、私はとてもじゃないけど間に合わないので、ロッカーに置いたドライヤーやヘアアイロンで自分でセットする。


長い黒髪をアイロンで整え少しだけクセを加えて、後頭部で一度まとめて左横に流し、鎖骨の下辺りで毛先を整える。
薄いスモーキーピンクのドレスは店の借り物だ。


それほど安物ではないようだけど、自分で用意している人たちのドレスに比べると見劣りはする。
それでもメイクの上乗せでなんとか体裁を取り繕い、新人のヒナタが出来上がった。



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