夢物語【完】

「涼ちゃん!」

部屋のドアを閉める瞬間、聞こえた声にドアを少しだけ開けて入るように促すと「お邪魔します」と申し訳なさそうに入って、ベッドに腰掛けるあたしの目の前に正座した。

「あの」
「うん」
「黙ってて、ごめんなさい」

上目遣いで、そんな可愛い顔して言われたら同性のあたしでも胸キュンもんで許しちゃうやん。
てか、別に許すも何も怒ってないし単純にびっくりしてるだけで、むしろ、来てくれてありがとうって言いたいくらい。
だって“たーくん”一人だけじゃ、あの状況やと絶対あたしの存在無視やろうし。
それに、これもこれでサプライズって感じでクリスマスっぽいし。

「こっちこそサプライズ訪問ありがとう。で、なんでまたこのタイミングでうちに来たん?」

今日はクリスマスイブ。
陽夏ちゃんはこういうイベント大切にしそうやし、そういう彼女をもつ京平がうちに来ることを許すはずがないし、ホストと化した“だーくん”だって許すはずがない、と信じたい。

「私、どうしても涼ちゃんに会いたくて…ナリくんが今日涼ちゃんに会いに行くって言うから付いてきたんです!もちろん京ちゃんには怒られましたけど、どうしても涼ちゃんに会いたかったんです!」

あたし達、カップルじゃないよな?なんて勘違いしてしまうほどのセリフにちょっと困惑するあたし。
だって、電話もメールもすんねんから、わざわざここまで来んくても話は出来る。
それでも直接会いたいって、電話では言えん話があるってことなんかもしれん。

あたしが呆れてることに対して申し訳なく思ってんのもあるやろうし、何か京平とのことで抱えてることがあるんやろうってのが俯いた隙間から見える表情でわかった。
今日じゃないとあかん理由ってのがあるかもしれん。

せっかく会いに来てくれたし、会いに来るほどの緊急事態。
あたしで役に立つかはわからんけど。

「なんかあった?」

頭を撫でながら顔を覗き込むように見ると勢いよく飛び込んできて抱きついてきて、堰(きせ)を切ったように泣き出す始末。
別れ話ではないことは分かる。
この二人が別れるはずはない。

ということは毎度の通り、陽夏ちゃんは一人不安がってんのかもしれん。
そのへんは京平もちゃんとわかってるようで泣いて電話してくる陽夏ちゃんの携帯を取り上げて「いつも悪いな」と言い放って電話を切られることも度々ある。

それも一度や二度じゃない。
切る間際に聞こえる溜息も陽夏ちゃんの号泣する声も何回聞いたかわからん。
それでも、それはそれで解決してきてたんやと思う。

それやのに今回のこの押しかけ、というか付いてきてるけど京平を押し切っての強行突破。
ちらっと見えた京平の不機嫌さから見ると今回は少し長くて問いつめても言わんかったんやろう。

・・:怖っ!あとを考えるだけで怖い。
あたし、また京平にボロクソ言われんちゃうやろうか?

こないだだってレコーディングの休憩中に高成と電話で話してたら急に声が京平になって陽夏ちゃんと連絡の取りすぎで怒られて弁解しようと思ったら「言い訳無用」とまた怒られて災難やった。

京平の連絡先を知らんってことが唯一の救いであることは間違いない。
それよりも、この状況をなんとかせんと、盗み見されたりしてたら次こそ殺される。
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