夢物語【完】
時刻は9時ジャスト。

本気で思った。
あたしはバカか?
目が覚めたのが7時。こんな日やのに、休日にしては超早い時間やのに珍しく爆睡したようで、目覚めは最高。

朝食も、着替えも、メイクも、なにもかも、全て終えたのが、9時ジャスト。高成がこっちに来るのは11時。

「あと2時間どうすんねん」

自分にほとほと呆れる。その反面、気合い入ってんな!!って、自分が恥ずかしくなる。

いつもより早く起きて、普段せぇへん朝シャンして、アイシャドーも普段はブラウン系やのにピンク使っちゃったり、ほんまはパンツ派やのにスカートはいちゃったり、普段面倒くさくて付けへんアクセとピアスも付けちゃったりして、まるで“恋する乙女”。
あたしも一応、女の子やん!って思ったりする。

部屋で一人で足をバタつかせながら赤くなった顔を隠すアホ女はあたしくらいやと思う。わかっていても、嬉しい。
半年ぶりに会えることが、嬉しい。でも恥ずかしくもあって、いつもの100倍緊張する。

出会った頃は高校生やった。何も変わってないとはいえ、もう社会人。当たり前の常識くらい身に付いてる。
落ち着きも出てきてる、はず。

「涼!うるさいわ!!」

出てきてないらしい。
リビングにいるお母さんの声が下から響いた。バタバタしていたのが下まで響いていたらしい。

大丈夫か、あたし・・・なんて思いながら、また時計を見る。
時間は9時5分。

あまりにも時間が経つのが遅すぎるから、いつもの場所からCDを取って、デッキに入れる。
最初の4曲を飛ばして5曲目を再生する。これは高成があたしに向けて作ってくれた曲。
会えない寂しさ。だけど、いつだって繋がっていられる強さ。遠く離れていても、いつも想ってるっていう高成からの愛の言葉。

「愛の言葉って!」

自分で言ったのに熱をもって赤くなってく顔。
あの時の約束をちゃんと守ってくれたことが嬉しかった。

口約束が守られることって絶対ないって思ってたのに、高成はどんな小さな口約束でも守ってくれる。
ライブのたびに手を振ってくれたり、簡単に口にした記念歌を作るってことも、簡単に実行してくれた。それやのに、あたしは“会いに行く”なんて言い出しながら、結局、高成が来てくれて何も返せてない。

与えてもらってばっかりで、甘えてばっかりで、高成に与えることなんて全然してない。
どんなに遠く離れてても、どんな形であれ支えてあげられるような存在になりたいのに、いつも支えられるのはあたしばっかりで、甘えすぎてる自分に苛立つ。
気持ちが離れていかへん理由なんてあたし達にはないのに、今のままじゃカウントダウンが始まっていても仕方がない。

この歌を聴くたびに嬉しくなる反面、すごく不安になるあたしがいて、いてもたってもいられなくなって、確認するように衝動的に高成にメールを送ってしまう。
でも、今日は送らへん。すぐ会えるのに直前までメールするってのもバカップルっぽいし、しつこいかなって思うし。

そんな気持ちが届いたかのように震えだした携帯のサブディスプレイには“高成”の名前。ドキドキしながら電話に出た。

『涼?』

毎度毎度のことやけど、電話越しに聞こえる高成の声は甘い。耳元でささやかれてるみたいでドキドキする。
まぁ、電話やから当たり前っちゃあ、当たり前やけども。

『もうすぐ着くよ』

なんだって?
高成の言葉に慌てて時間を確認するけど、まだ9時半にもなってない。

「早くない?」
『早く俺に会いたくないの?』
「えっ!?」

胸がつぶされるくらい締め付けられてバクバクする。そんな風に言われると心臓もたん。

「そうじゃなくて、予定時間より早くない?ってこと」

照れ隠しで冷静を保って一生懸命平然を装って返事したのに、電話の向こう側から聞こえてくる声はそれを許してはくれんくて、『どっち?会いたいの?会いたくないの?』とか聞いてくる。

そんな当たり前のこと聞いてくるのもどうかと思うけど、この甘い言葉に逆らえたことは一度もない。
だから、「会いたい」って呟いた。

その言葉を口にしただけで顔が火照ってきて、会ったらどうすんだよ?!って自分に突っ込んでる自分がアホらしい。
もうすぐ会う彼氏とこんなバカップルみたいな会話をする自分も恥ずかしくて、誰も聞いてないよな?!って今更で自室やのに、慌てて周りを確認した。

「あ・・」
『どうした?』
「いや、なんもない」

お母さんがドアを少し開けて、今の会話を聞いてました・・・なんて言えるわけない。

あたしが気付いたのをいいことに音も立てずに部屋に入ってきて、携帯に耳をあてる。
こうなったら逃げれん。少し電話を離して、「あとで話すから出て行って」と口パクで言うと、にんまりした顔で出て行った。

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