夢物語【完】
―――遡ること30分前。
あらかじめ予定されていた待ち合わせ時間に遅れも遅れて、予定時間から30分後に合流した。
空気がおかしかったのはここからだってことは間違いない。
まずはKYOHEIの彼女。
合流するなり睨みをきかせて、始終顔を上げれんかった。それを気にもとめん高成とKYOHEI。
KYOHEIは彼女があたしを睨み続けてることに気付いて横目で数回見てたけど、ため息はいて、短く舌打ちをしては見て見ぬフリ。
それを見逃さんかったあたしはKYOHEIをキッと睨んだ。
いや、睨みたかった。睨もうと思ったら彼女に更に強く睨まれて俯いてしまう。
そんなあたしに気付いた高成は繋いでいた手を離して頭をぽんぽんと撫でてくれた。
それだけで何でもええやって思ってしまう。
不安とか、不満とか、全部消えてなくなってしまう。
“恋の力”とは凄い。てか、高成がすごい。
触れてもらうだけで心のモヤモヤが一気に取れてしまう。ほんまに高成ってすごい。
そんなことを考えると自然に緩くなる口元をキュッと引き締めて高成を見上げると、それに気付いて微笑んでくれる。
こんな些細なことが嬉しくて、あたしの口元は緩む。
「僕もナズ連れてくればよかったなぁ」
あたしの隣で立っていたSATORUが空を見上げてため息はいた。
「無理だろ」
「そうだけど、少しくらい…」
「こんな時くらい安静にさせとけ」
僕?!ナズ?!安静?!
あたしを挟んで高成とSATORUのやり取りを聞いて疑問に思うことが多々ある。けど、聞かんことにした。
気になる、気になる。気になるのは仕方がない。
でも関係ないだろ?って言われてしまえばそこでの話。
あたしの心が悶々とする。
「薺は僕の奥さんで妊婦さんなんだよね。だから連れて来てあげたかったんだけど、安静にしとけって先生が言うから一人で待ってるんだよね」
またもやあたしの心の声が聞こえたのか、SATORUが教えてくれた。
「それに、薺はナリのお姉ちゃんなんだよね」
そして、小さなカミングアウトも。
一瞬、理解できんかった。
とにかくSATORUの言葉を何度も反芻する。でも考えるだけじゃ答えは出とこん。だから、単刀直入に聞いてみた。
「し、親戚…?」
本当に聞きたかったのはこれじゃない。
これじゃないけど、高成とSATORUを交互に見ながらテンパってるあたしからはこの言葉が出た。
「・・・気が付いたらそうなってた」
隣で高成が溜息混じりに答えてくれた。
高成達はインディーズの頃から、ずっとこのメンバーで高成と京平は地元が一緒で幼なじみ、とか。
悟も同じく地元が一緒で、その頃から高成のお姉ちゃんの彼氏だったらしい。
元々軽音楽部やった悟は高成のバンド結成の話を聞いて飛び入り参加。
ボーカルとベースとドラムが揃ってもギターがおらんという事態が発生した。
色々探して見つけたのが高成と同じ学校の涼介。
涼介は少し名の知れたギタリストで悟の熱すぎる説得に折れて引き抜かれたらしい。
聞いてないのに、結成秘話も聞いて少し関係性が見えてきた。
上下関係が生じんのは、この出会いがあったから。
なんかファミリーな雰囲気を醸し出していたのもこれが理由。
まぁ、実際ファミリーな関係な人もいるけれど。
とにかく、高成のお姉ちゃんが悟とのお子様を身篭られたそう。
「いつか来ると思ってたけど、現実そうなるとイライラすんだよ」
「ナズを取ってごめんな」
「ウザイ」
「メンバーからお義兄さんに昇格だね」
何となく高成の気持ちがわかる気がする。
身近にいた人が身内になるなんて、そんなこと普通じゃあんまりない。
高成が表情を歪める理由が少しわかった。
あたしは高成にバレないように口元を緩めた。
それはこのやり取りを見たからじゃない。
高成から自然と出てくるまだ見たことのない表情が見れたから。
付き合ってる年数が長いだけあって、高成から出る表情は素に近い。
あたしが隣にいてるときより表情は柔らかくて、気持ちにストレート。
まだまだ知らん高成の一面を見れるんやって思うとウキウキしてドキドキする。
他のメンバーだってそう。
クール担当のKYOHEIが実は彼女の尻に敷かれていたり、無口なお兄さんだと思ってたSATORUが実はパパだったり、しかも高成と親戚だったり、ただのファンじゃ知れんことばっかりが溢れてて、それを話してくれるメンバーや高成がいる。
あたしはこの人達に信用されている。
高成の彼女っていうだけじゃない。あたしがこの事実や関係を知って、他言したりしないって信用してくれてる。
そんな些細なことが嬉しくて、また緩んでしまう。
高成に、メンバーに、感謝の気持ちでいっぱい。