夢物語【完】
「涼、鍵貸して」
そう言って高成はあたしから鍵を受け取ると運転席に座った。
どうやら今日は丸一日助手席で座ってていいらしい。
でも朝早かったやろうし、仕事明けで疲れてるやろうなって思うと申し訳ない気持ちになる。
「今日一日運転してて疲れへん?あたし、運転するよ」
「んや、大丈夫」
「でも」
「ま、多少はね。じゃあ、さっきの意地悪な質問のお詫びに涼からのキスでいいよ」
ほら、意味わからん。
あたしは心配して声をかけただけであって、別に甘い空気にしようとか、そんな下心は一度も無かった。微塵もなかった。
確かに、あの質問はちょっとした好奇心での発言であって、こういう展開に持って行こうとかそんな計画立てて言うたわけじゃないし、そんなつもりもなかった。
どうしたんやろう。あたしが持ってる高成のイメージが段々崩れて、新たな高成が形成されていく。
嬉しいような、悲しいような、何とも言えない複雑な気持ち。
「そこフリーズするとこ?」
冗談だよ、って言いながらサイドブレーキをおろし、余裕の表情で車を走らせる高成の運転する姿に見惚れる。
あたしは結構ヤバイらしい。
初デートやのに、どうしよう。
もっと一緒に居たいって感情が、一緒にいる時間が増すごとに強くなっていく。
そんな高成に心臓をバクバクさせながら到着したお好み焼き屋さん。
ここは雑誌にもよく掲載されている有名店。
店の外にメンバーの姿はなくて、どうやら中で待っているみたい。
初めてくるお店に少し緊張しながら高成に手をひかれて店内に入ってく。
「ナリ、こっち」
店員さんに案内される間もなく、SATORUが声をかけてくれた。
テーブルにはお冷やが置いてあり、メニュー板がないところを見れば、もう注文はされているみたい。
ふとRYOSUKEに目を向けると明らかに不穏なオーラ。
ライブでもあんまり喋らん彼はプライベートでも無口のよう。
ただ、怒りは全身からにじみ出ていた。そして、目にした例の席順。
誰がどう見たって、いたって普通。
KYOUHEIの隣には例の彼女。空いている席は隣同士であたしと高成。隣にSATORUでその前にRYOHEI。
それはいい。でも、SATORU以外全員機嫌が悪い。
あたし達が来る間どんな会話が繰り広げられていたのかは想像できん。いや、したくない。
とりあえず、目の前の席が空いていたから座ったものの、この空気。
隣に座ってるSATORUさんに何があったんですか?とは聞けやしない。
あたしはただ高成の隣で俯きながら座っていることしかできんかった。
なんだかんだで初めて食事の場にご一緒させていただくということで、高成からあたしの紹介をしてくれた。
「小日向 涼です。今日はご一緒させてもらってありがとうございます」
軽く頭を下げるとSATORUさんが「リラックスしてね」と笑いかけてくれる。
「俺らのフルネーム…は知ってるかもだけど、一応俺が代表で紹介していくね。俺は宮本 悟。ナリの義理のお兄さんね。で、俺の前に座ってるのが町田 涼介。涼介は関西出身同士で気が合うかもね」
高成が途中で顔をしかめたり、涼介を紹介してくれた時に少し睨まれたりしたけど、みんな無言。
気まずい雰囲気の中、悟さんの紹介は続く。
「涼ちゃんの前に座ってるのが谷口 京平、その隣が京平の彼女で更科 陽夏ちゃん」
全員の紹介をしてもらって、あたしはひとりひとり視線を向けるけど、目が合う人は誰もいなかった。
アウェー感半端ない状況だけど、頑張ろう!と気持ちを切り替えていたら店員さんがオーダーした料理を持ってきてくれた。
それはテーブルに置かれると10秒も経たない間に誰かが手をつけ、10分もしないうちに空になる。
大人6人、それも男性が4人もいると早いよね、と思いながら少しずつ会話しながら食べていた。
そんな様子を見続けて30分。
ようやく皆の手の動きも落ち着いてきて、箸を置いたり、デザートに目を向けたりしていた。なのに、その中でただ一人、無言で口を動かし続ける人物がいる。
「まだ食うの?」
「・・・」
「ありえねぇ」
呆れ気味に言ったのはあたしの向かいに座る京平。
あたしは10分前に箸を置いた。デザートなんか入らんくらい食べた。だから、呆気にとられてしまった。
気付いたら口を開けっ放しにしたまま彼を見つめてしまう。
なんていうか、食べ始めてから一度も手が休んでない。
いつ見ても、手と口は動きっぱなし。