夢物語【完】
周りは京平が呆れてるくらいで誰も止めようとも、気にしようともせず、“いつものこと”という雰囲気をまとってる。
彼の胃はブラックホール。そう言っても過言じゃない。
「涼ちゃんはデザートいらないの?」
口を開けたままのあたしを笑うこともせずに悟さんが聞いてきたからアホ面かましてた自分が恥ずかしくなって真っ赤になった顔で「大丈夫です」と呟いた。
しばらくして顔をあげると彼はまだ食べてる。
本当にすごい、というか、素晴らしい食欲。
「なに見てんねん」
あんまり見すぎてたのか、皿から視線を上げて睨まれた。
あっちで睨まれ、こっちで睨まれ、相当嫌われる性格してんねんな、と自分の空気の読めなさ加減に呆れる。
「なんやねん。ジロジロ見んな」
どうやらあたしは彼にも嫌われたらしい。
ちょっと親近感湧いたのに残念ってのが正直な気持ち。
嫌われたもんはしょうがないっていう風には出来んわけで、これからどう接していこうか考えた。けど、浮かばんかったから考えるのはやめた。
考えたって答えなんかすぐには出てこんもんで、そんな簡単に出て来てたら京平の彼女とも仲良くしようと頑張ってるはず。
この歳になって大人げないな、と自分に呆れる。
あんまり溜息ばっかりついてると空気を乱すってわかってんのに出す自分にも溜息。
そんな自分に嫌気がさして、気分を変えるためにこの10畳ほどの個室から抜け出せる唯一のドアへ向かった。
「どこ行くの?」
背後から高成の声。
声色からは心配の様子は見えない。
ホッとして振り返って「お手洗い」と笑って部屋を出た。
部屋を出て、ドン突きの2つの扉がお手洗い。
有名店だけあって、客はすごい数。
行き交う店員さんは足早に店内を移動する。
出来るだけ当たらんように、邪魔しないようにテーブルや店員さんの間を抜けて歩く。
「疲れた・・・」
トイレのドアを開けて、自分の姿が完全に隠れると自然に出た言葉。
ここまでの道のりが非常に辛かった。
煙と熱気と行き交う人。直線なはずの距離も遠く感じた。
「はぁ・・・」
みんなで居たあの場所が息苦しいわけじゃない。むしろ、あの当たり前のような空気があたしを緊張させる。
あたしがあの場所にいてもそれが普通だというあの空気があたしを不安にさせる。
周りから見たら幸せな不安なんやろうなって思う。
隣に座る高成は何も言わずとも居てくれるだけで安心するし、なんやかんや言うて、涼介もグチグチ文句言いながら気遣かってくれる。
悟さんはあたしが不安にならんように一定の間隔で話しかけてくれる。
周りに迷惑ばっかりかけて、ほんまにあたしはどうしようもない。
また溜息が出る。
「そんなに辛いなら帰ればいいじゃない」
上手く言い訳するくらいなら出来るわよ、と後に続いて入ってきたのか、鏡越しに目があった。
その目は相変わらずあたしを睨んでて、強くて、ずっとイライラしたまま。
別に辛いわけじゃない。
全然辛くない。ただ緊張と申し訳なさが渦巻いてキャパオーバーになってるだけ。
気分を害してるってこともわかってる。
わかってるから何も言えんかった。謝るのは違うと思ったし、謝ったところで変わるわけじゃないし。
「こんなことで黙ってるようじゃダメね」
顔色ひとつ変えないでそう言い放つとあたしを見ることもなく出ていった。