凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない
「志木さん、手が空いてたら五号室の入浴介助一緒に入ってくれない?」
看護師から声を掛けられ美鶴はすぐに返事をする。
「分かりました。五号室ですね」
最近看護師たちからのあからさまな嫌がらせは減っていた。仲村と距離を置いたからだけではなく透が病棟へ出向き「妻がお世話になっています」と声をかけてくれたことが大きい。
入浴の介助が終わると、患者が退院した後の病室のクリーニング。昼過ぎには他の患者が入院してくるのだ。のんびりはしていられない。次から次へと舞い込む仕事を美鶴は捌いていく。透の妻としてではなく志木美鶴として認めてもらえるようになりたいと美鶴は思っていた。
不意に時計を見ると退勤時間はすでに過ぎていた。ナースステーションに戻ると見慣れた姿を見つける。隣にはもう一人知らない医師がいて看護師たちと談笑している。
「透さん?」
背後から遠慮がちに声をかけた。すると透は振り向いて柔らかく微笑んだ。それを見て看護師たちはキャーキャーと黄色声をあげている。
「美鶴。仕事は終わったのか?」
「おわりました。透さんはここで何を?」
「担当した患者が一般病棟へ移ったと聞いて様子をみにきたんだ」
と透がいうと、隣にいた医師が口を挟んだ。
「というのは口実で、かわいい嫁に会いにきたんだよな」
「うるさいぞ、藤島」
藤島と呼ばれた医師はおどけたようにぺろりと舌を出した。透と同とくらいの高身長で髪には緩めのパーマがかけられている。二重の目を見開くと美鶴を見て言った。
「ていうか、噂以上にかわいいね。奥さん」
「そうだろう」
間髪入れずに透は答える。
美鶴は喜ぶよりもまず周りの反応が気になった。また看護師たちの妬の標的にされるのはこりごりだ。だが、彼女たちは透と藤島のやり取りを興味深そうに眺めている。
「うわ。お前がのろける姿を見る日がくるなんて信じられねえ」
「悪いか?」
「悪くはないけど――奥さん俺ね、こいつと同期なんですよ。以前俺らN大付属の救命にいたんですけど、この病院よりも何倍も忙しくて。恋愛するにも出会う暇もない中激務の合間を縫って合コンにいそしんでいたわけです……」
藤島は昔の透を知っているのだ。美鶴は言葉の続きを待った。
「――でもこいつは」と藤島が言いかけると透は「しゃべり過ぎだ」と制止した。
「えー聞きたい!」と一人の看護師がいう。美鶴も頷くが透は首を縦に振らなかった。
「昔の話なんてつまらないですよ。……美鶴、帰る準備をしておいで。車で待ってるから」
「は、はい」
「じゃあ。僕はこれで」と透は看護師たちに頭を下げた。藤島は看護師たちともう別の話を始めている。美鶴は会釈だけしてその場を離れた。