次期社長はウブな秘書を独占したくてたまらない
自分より下の立場の人間にも丁寧な口調を忘れない。人としての礼儀を忘れない。

こんな状況なのに、そんな駿介の美点を誇らしく思っているなんて、私もかなりの重症だ。今、注意を払うべきはそんな事じゃないはずなのに。

支配人と二、三やり取りをした駿介がくるりと振り返った。

「文香、行くぞ」

「は、はい。あっ、でも‥‥」

私の視線の先には呆然と立ち尽くす敏彦さん。頼りの母親が本家に呼び出されて、今も当主からお叱りを受けている現実がまだ信じられないのだろう。

「気にするな。あいつのことも支配人にお願いしてある」

そう言うと、駿介は私の手を取って歩き出しす。焦りつつ、ちらっと支配人に視線を向けると、少し困ったような笑顔で小さく頷いてくれた。

騒がしくした挙句に後処理までお願いするなんて申し訳なさ過ぎるとは思うけど、駿介は止まることなく歩いて行く。

咄嗟に「すみません」と口の動きで告げると「おめでとうございます」と口の動きで返された。
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