冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「ただ、誰か他人の手を使ってでも、ディオン様を手に掛けようとなさるのは、神に背く行為です」
「生意気な。知ったような口を」
「はい、生意気にございます」
「それに便乗したお前も、同じようなものだろう」
「はい、その通りです。
 わたくしは愚かでした。グレイス様の甘さに酔わされ、心がのぼせ上がっておりました」
「はっ。そのまま酔い潰れてしまえばよかったものを」

 鼻で笑うグレイスは、フィリーナから目を逸らし立ち去ろうとする。

「メリーは、酔ってくださいましたか?」

 フィリーナが震えることなくぶつける遠回しな疑問に、歩みが止められた。

「さあ、どうかな」

 肩越しに振り返る妖艶な顔は、不敵に笑う。

「あれもいい年をして、夜を淋しく過ごす独り身だ。
 若い男が囁けば、眩暈くらいはするかもしれないな」

 嘲りを含めた笑みが、不気味に見える。
 疑惑が確信に変わるとともに、グレイスの汚れた心がとても可哀そうに思えて仕方がなかった。


.
< 122 / 365 >

この作品をシェア

pagetop