冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「なんだ君は、こんなところで!」
「も、申し訳ございません……っ」

 まとめた髪はしとしとと葡萄酒を滴らせ、白かったエプロンは赤紫のまだら模様に汚れてしまった。

「おい、そこの君、もう一杯くれないか」

 悪びれもしない紳士はふんと鼻を鳴らして、別の使用人に葡萄酒を頼む。
 フィリーナを囲んでいる華やかな貴婦人達は、くすくすと可笑しそうな笑いを零していた。

 ――ここを片付けたら、一度着替えに行かなければ……
 汚れた姿では、この王宮の品位が損なわれてしまう。

 降りかかる嘲笑に耳が痛む。
 濡れた頬が恥ずかしさで熱い。
 ほんの一瞬だけ過った夢は、見る分だけいかにそれが儚いものなのかを思い知らされる。

 葡萄酒まみれのまま、フィリーナはきらびやかな世界から逃げるように会場の外に出た。


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