冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 月明かりを受ける洗濯場は明るく静かだ。
 桶に水を汲む音が涼やかに響いた。
 まとめていた髪をほどき、濡らした布で葡萄酒を拭き取っていく。
 これでも下ろすと腰まである赤茶色の髪。
 いつかグレイスが『夕陽に映えて綺麗だった』と言ってくれたことがあったけれど……

 ――ちっともそんなことはないわ。

 まとめていたせいでうねった型がつき、おまけにお酒にまみれているこの髪は、どこからどう見ても美しいものではない。
 美しいのはレティシア姫だ。
 長く美しい艶やかな黒髪は、先の方まで手入れが行き届いている。

 ――どんなお手入れをなさっているのだろう。

 自分の髪を拭きながら考えてみても、そもそも素材も品位も違う方を真似ようとも何が良くなるわけでもないと小さく笑った。

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