冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「君がそんなことを言うと、……バルトもヴィエンツェも、私の抱えている重責の全部を、今この場ですべて投げうってしまいたくなる」

 真っ直ぐに胸を貫く瞳。
 ディオンの口にできない想いが、月の光を受けてそこに揺らめいたような気がした。
 ざっと強く吹いた夜風が、胸の棘をぱらぱらとまき散らす。

「フィリーナ……さあ、仕事に戻りなさい」

 数歩分の距離を、ディオンはあえて取ったのだとわかる。

「……はい……」

 口にされなくても伝わってきた心が、素直にフィリーナをうなずかせた。



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