冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 つい今まで感じられていた温かさが、幻だったかのように薄れていく。
 夢だったのだと言われれば、そうかもしれないと思いこんでしまいそうなほど。
 下級の使用人ごときが、高貴な方と手を取り合うなど……儚い幻想の中だけの夢物語だ。

 ――だけど、そんな絵空事の夢だったとしても……

「わたくしは……ディオン様と踊りたいと、思っておりました」

 胸の痛みをこらえて、こちらに向けられた広い背中に心をぶつけた。
 去って行こうとしたディオンは、数歩先で足を止め大きく溜め息を吐く。

「そんなことを言ってくれるな……」

 呆れたような声に、棘の抜けない胸はずきりと痛みを走らせた。
 それでも、もう取り戻すことのできない時間をほんの少しだけ巻き戻すように、ディオンはフィリーナに振り返ってくれた。
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