冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――あれ……でも、そういえば……
 クロード様は、ずっとお部屋の中にいらしたのかしら。
 私が来るまでも、扉の前で警護するわけでもなく?

 過った違和感は、向けられた切っ先の恐怖に掻き消される。
 視界の隅に自分の横顔が写り込んだものの、レティシアが止めてくれたことで、震えることなく立っていられたようなものだ。
 剣が鞘に収められる音をじっとして聞き終えると、レティシアはまた柔らかな表情を取り戻す。

「あたくしが止めるも何も、あれはグレイス様がご自身で致そうとしたことよ? あたくしには何も心配することはないと、それはそれは頼もしい王子様の姿を見せてくださったわ」

 言いながら、レティシアはうっとりと頬を染める。
 その様子に、いつだったか、グレイスがフィリーナに甘く吹き込んだ言葉を思い出した。

 ――“お前は何も心配することはないよ”

 それと同じように、レティシアにも告げていたのかと思うと、不快な気持ちが胸の中にもやもやと立ち込めた。
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