冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「婚姻を成してのヴィエンツェの統治は無意味になった。
 ついては、バルト国第一王子の名において、実力を行使しこの国を治める!」

 堂々と威厳を醸し、宣言するディオン。
 身を翻し、ダウリスに止められるフィリーナの横を通って部屋を出て行く。

「ダウリス、ここを頼む」
「御意に」

 ――ディオン様……?

 すれ違いざまに声を掛けたディオンの横顔は、今までに見たことのないような険しい表情をしていて、愛おしくフィリーナを見つめてくれていた漆黒の瞳が見受けられなくて、不安がよぎった。

 ――ディオン様は今、何とおっしゃった?

 ――“ついては、実力を行使してこの国を治める”

 ”実力を行使して”という穏やかではない言葉の意味が怖くなった。
 険しい表情が物語っているのは、これからディオンが行おうとしていること。

「ディオン様……っ」

 渾身の力でダウリスを振り切って、フィリーナは階段を降りるディオンを追いかけた。
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