冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 さっと部屋に吹き込んだ風が、時の流れを取り戻す。
 それと同時に、ふっと身体のこわばりが解けた。
 崩れるように足元にひざまずき、力なく横たわるディオンの身体を抱き上げた。

「……ッ、ディオン様……ッ!!」

 身体を割られるように斜めに裂けた衣服からは、止めどなく鮮血が滲み出てくる。

 ――ち、血を、止めなくては……ッ

 混乱する頭でやっとできたのは、掌でディオンの胸を押さえることだけだ。
 目を閉じた綺麗な顔に、薔薇の花びらのような赤い斑点が散っている。
 温かく感じる胸に置く自分の掌が、わずかに上下していることに気づいた。

「ッ、ディオン様!! お気をたしかに!! ディオン様ッ!!!!」

 また私を見つめてほしくて、必死に声を掛けるものの、目を開けてる様子はない。

 ――大丈夫……っ
 ディオン様はとてもたくましくお強い方だもの!

 フィリーナに抱かれる身体の力ない様子を認めきれず、起き上がられない顔に、ぽたぽたと透明の滴が幾つも降り注ぐ。

「ディオン様……っ」

 漆黒の瞳を隠した瞼に、涙が数滴落ちる。
 すると、それに反応して、ディオンが薄く目を開けた。
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