冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「……フィリー……」
「ディオン様!!」

 瞼の隙間から、かすかな煌めきが覗く。
 名前を呼んでくれる声が愛しくて、込み上げる涙の量が増した。

「無事、か……」
「わたくしは何ともっ」
「そう……よかっ……」

 虫が鳴くように細く儚い声が、フィリーナの嗚咽を誘う。
 自分より、フィリーナの方を心配するディオンの呆れるほどの優しさに、涙をこらえきれない。
 ディオンは口元でかすかに微笑むと、弱々しい手つきで、赤く染まった指をフィリーナの頬に触れさせた。
 長い指が、頬を流れる涙を拭ってくれる。

「また、泣いている、のか……」

 触れる感触が儚くて、消えてしまわないよう自分の掌で押さえるように包み込んだ。

「……フィリーナ……私はまだ、君の笑顔を見たことがない……」

 弱い指先がフィリーナの頬を擦る。

「頬を染めたり、真っ直ぐな瞳を向けてくれたり、泣いているところはもう何度目だろう……」
「ディオン様、今はそんな……」
「見てみたい……笑ってくれないか、フィリーナ……」
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