冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「おひとりで何でも抱え込まれているのではないかと、心配でなりません」

 ゆっくりと戻ってくる碧い瞳。
 以前のように弾けるほどの胸のときめきはないけれど、やっぱり見目麗しい顔は鼓動を速めさせる。
 結果的にディオンを傷つけてしまったグレイスだけれど、嫌いになどはなれない。
 あれは事故のようなものだったし、すぐに傷の処置に当たってくれたからこそ、ディオンは命を繋ぎ止められたのかもしれないからだ。
 それに、グレイスは自身も心に大きな傷を負っているのだから。

「お前は……」

 突然綺麗な掌が、フィリーナの顎を掬い上げる。

「兄のことを愛しているくせに、よくもそのような顔をしてぬけぬけと……」

 碧い瞳が瞼に隠されながら、傾き迫る。
 何度もこんな仕草を見てきたから、グレイスが何をしようとしているのかはわかっていた。

 ――これで、グレイス様のお心が少しでも落ち着いてくださるのなら……

 そう思うと、グレイスを待ち受ける口唇は、淋しくも切なさに震えた。
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