冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 この行為を拒んでしまったら、傷ついた心は、ますます痛みを膨らませてしまうのだろうか。
 受け入れるべきか、自分の想いを守るべきか。

 葛藤に震える手元の桶から冷たい水が零れ落ちた。
 石畳に弾ける水の音に、グレイスが動きを止める。
 すっと気配を遠のかせると、呆れたような溜め息を大きく吐きだされた。

「兄のことを想いながら僕に同情しようなどとは、フィリーナのくせに生意気にもほどがある」

 跳ねた水が冷たく足を濡らす。
 だけど、グレイスの言葉に冷たさは感じず、フィリーナの心を見透かしたように小さく笑った。

「レティシアのことなら、もう僕の中では終わっている。
 ……結局僕も、あれに利用された馬鹿な男だ。兄を手に掛けさせ、王位を受け継ぐ僕と結婚したあと、バルト国の王妃となったレティシアは、僕の罪を暴き消すつもりだったらしいからな」
「……っ!」
「そうなれば簡単だ。クロードとともにバルトもヴィエンツェも手に入れられる。これまで虐げられてきた人生を倍以上にして取り戻すことができたのだろうが……」
「それは……レティシア様が、お話しになられたのですか……?」

 腕を組み淡々と述べるグレイスを思わず遮ってしまった。
< 303 / 365 >

この作品をシェア

pagetop