冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「あっ、あのっ、お、お医者様を呼んでまいります……っ、のでっ」

 顔の火照りを感じながらディオンの手を離そうとすると、包んでいたはずの大きな掌は、逆にフィリーナの手を摑まえてきた。

「まだ、よい……ここに、いてくれ」

 座っていた椅子から立ち上がろうとした身体を、またそこに戻すと、捕まえられた手がぐっと引き寄せられた。

「フィリーナ」

 引かれた手を待ち受けていたのは、柔らかな口唇。
 揃えた指の背に、ディオンは優しく口づける。
 ぴくんと驚く指先。
 深く瞬いた漆黒の瞳は、妖艶な眼差しをそこから放ち、心を惹きつけた。
< 317 / 365 >

この作品をシェア

pagetop