冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 グレイスの部屋に着くと、フィリーナは一つだけ深呼吸をして扉をノックした。
 まろやかな声の返事に緊張感を高めながら、お茶の一式を載せたワゴンを押して部屋に入った。

 「すまない、外してくれるか」とそばにいた従者のイアンを下げさせるグレイス。
 バルコニーに出る高貴な姿を追うように、フィリーナもイアンと入れ替わりに部屋の奥へと足を進めた。

「お持ちいたしました」

 外の庭へと突きだしたバルコニーには、曲線の美しい鉄製のテーブルセットが置かれていて、長い脚を組んで腰掛けるグレイスの前に、皿に載せたカップを出した。
 メリーが用意してくれたのは、紅茶よりも香ばしい薫りが立ち昇るコーヒーと呼ばれる暗褐色の飲み物だ。

 「ああ、ありがとう。他に仕事はよかったか?」
 「は、はい。メリーに話をしたら、代わってくれるとのことだったので」
 「そうか。
  話し相手ならメリーでもよかったんだが、あれは説教が過ぎるんだ。
  イアンもあまり話が上手くなくてな」

 一番好んでいるらしいコーヒーを煽る横顔は、優雅に微笑む。
 バルコニーから見えるバルトの広大な緑の山々と、突き抜けるような真っ青の空に、その姿は美しく映えていた。
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