冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 止まったと思った涙は、見開いた眼からぼろぼろと大粒になって溢れ出す。

「で、ですが……わたくしのことなど誰も認めては……」
「父もグレイスも、ダウリスもイアンも、国民も……誰も反対する者などいない。
 身分のことでとやかく言う輩は、位にすがるみっともない一族だけだ。君の王妃たる姿を見せつけていれば、じきに大人しくなる」

 いかにもなことを言われても、フィリーナ自身がそれを認めきれない。
心と噛み合わない頭の混乱が、首を横に振らせた。

「そんな……わたくしは……
 そ、そうです。グレイス様をお支えしなければならないと、ディオン様もおっしゃって――……」

 そうだ。
 心に傷を負ったグレイスを支え、慰めてやらなければならないと決めた。
 最愛の人への想いは、密やかに自分の中に閉じ込めておこうと、覚悟をしたのだ。

「グレイスにも言われたのだ。慰みなど必要ないと。
 自分の過ちは、自身の責務をもって償い、受けるべき罰も心の痛みくらいで済まされるなら、甘んじて受けるのだと」
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