冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
――“レティシアのことならもう終わっている”
グレイスがそう言っていたのは、心の痛みを想いのけじめとして、しっかりと受け止めたからだ。
それが、グレイス自身が犯した罪に対する贖罪となっているのかもしれない。
「それに、今、他の女の手を取ってくれるなと言ったのは、君の方ではなかったか?」
「そ、それは……っ」
「愛していると、言ってくれたではないか。国王となった今でも、変わらぬ想いを抱いてくれていて、……嬉しかった」
立ち上がり、フィリーナの手を引き寄せるディオンの胸から、少しだけ速い鼓動が伝わってくる。
自分なんかにでも、緊張や高揚を覚えてくれているのだと思うと、たちまちのうちに裂けていた心はときめきに治癒していった。
「受けてくれるか?」
手を取られたまま、今度は背中を抱き寄せられる。
「私には、君しかいない。結婚してくれ」
もう一度揺るぎない言葉を真っ直ぐに向けるディオン。
フィリーナを見つめる漆黒の瞳の奥に、信頼と愛が見える。
――きっと私が抱える不安はディオン様が消してくださる。
私はただ、私を愛してくださる人の信頼に応えるだけだ。