冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――はっきりと距離を感じたのは、出生の事実を知ってから、か。

 隣国の魔性の姫にそそのかされた自分を顧みる。
 そして、ディオンとの溝を作っていたのは自分の方だったのだと気づいたのは、心を裏切られたあのときのことがあったからだ。

 ぐっとグラスに入っていた葡萄酒の残りを飲み干す。
 大きく息を吐き出して、グレイスは椅子にもたれて小さく嘲笑った。

 ――本当にくだらないことをした。王位などそもそも興味はなかったくせに。

 小さな頃から兄の背中を見ていて、彼を尊敬していたものの、いざ自分がその立場に立ったとき、同じような立ち振る舞いができるかどうかは正直不安だったからだ。

 ――ディオンこそが、国王にふさわしいのだと、僕は自分でも認めていたのだろうな。

 無責任だと言われようが、肩の荷が下りたような気がしていたのは嘘ではない。
 それに、あの黒髪の姫に奪われていた心も、空虚ではあるが痛みはもうすっかりなくなってしまっていた。
 ただ、ふとした瞬間に胸に空いた隙間を掠める存在がちらつくことが、グレイスの憂鬱さを誘っていた。
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