冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 夜に眠る王宮内はさすがに暗い。
 イアンも、来客のある今夜はグレイスが外出することはないだろうと、夕食後の護衛は解いていた。
 今からでも、城下に降りる時間としては遅くない。
 宿場の亭主にでも適当な女を見繕ってもらって、夜明け前に戻ればいいだろう。
 灯りをともしたランタンを手に、できるだけ足音を立てないよう階下を目指した。
 
 馬舎のある裏手へ回ろうと暗い廊下を進んでいくと、向こう側からゆらりゆらりと一つの灯りが揺れているのが見えた。

 ――侵入者か……

 身を引き締め、腰に携えている剣に手を添えながら、こちらへ迫ってくる灯りを待ち受ける。
 時折、窓からの月明かりに照らされる影に目を凝らしていると、グレイスに気づいたらしく、はっと息を飲んだ小さな影は駆け寄って来た。

「グレイス様……!」

 二人の持ち寄った灯りと、窓から差す月の光に、暗い廊下の一角が温かみに包まれる。

「カレン、どうしたのだこんな時間に」

 グレイスを見上げてきた赤髪のつぶらな瞳は、フィリーナの妹カレンだった。
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