冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 今日はイアンの目もなく、気ままに城下へ降りようとしていたのに、妙な拾い物をしてしまったとわずかな後悔はあったものの、気落ちはしなかった。
 後ろからちょこちょこと付いてくる小さな娘に、心の隙間からむずむずとした興味が顔を出してきた。

 広い王宮内。
 親切で道案内をするつもりだった。
 
 最初に唖然とフロアを見渡していたカレンが、たくさんの部屋の中から案内なくして目的の場所を探し出すには、簡単ではないだろう。
 今、グレイスのあとについて行くことが、カレンの唯一の光。
 そのたった一つの道しるべが自分であることが、グレイスの庇護本能と表裏する別の感情を沸き立たせた。

 月明かりの照らす中庭を臨む回廊を渡る。
 夜風が切りそろえられた植栽を撫ぜていく。
 何の疑いもなくグレイスについてくるカレンの少し小走りな足音が、月夜に溶ける。
 ついさっきまで胸にあった小さな苛立ちと、月明かりの幻想的な夜が、ふと魔を差させた。
 
 給仕室なら、回廊を渡ればすぐのところにある。
 グレイスはその前を通り過ぎ階段を昇ると、二階にある自分の執務室にカレンをいざなった。
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