冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「グレイス様?」

 呼びかけるカレンの声に、グレイスは手を解いた。
 カレンの足元に腰かけると、膝に両肘をつき組んだ手で額を抱えた。

「階段を降りて、来た道を戻れ。回廊に出る手前の戸を開けると、そこが給仕室だ。水は探せばあるだろう」

 本来の目的である場所を告げるものの、身を起こしたカレンはそこから動こうとしない。

「どうした、母が待っているのだろう?」
「はい……ですが、あの……」
「早く行け。本当に犯されたいのか」

 語気にわずかに凄みを込めると、カレンはおずと立ち上がった。
 視界を閉ざしたグレイスの前を通り、儚い気配が遠ざかっていく。
 扉の開く音がこちらへと転がってきて、それを拾うように目を開けた。

「……ありがとうございます、グレイス様」

 フィリーナとよく似た声が、届けられる。
 ゆっくりと顔を上げたグレイスが見やったときには、扉はすでに閉じられた後だった。




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