冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 今まで、自身の想いを誰かにわかってもらうことなんてできないのだと、心の奥に押し込めていたのだとわかる。

 ――それを解放できるのは、きっとレティシア様の前でだけなのだわ。

 レティシアがバルトへ足を運ぶのは、あくまで婚約者のディオンに会うため。
 グレイスがそれをどんな思いで見届けてきたのだろうと思うと、胸が苦しくてたまらなくなる。

「なぜお前がそんな顔をする」

 いつの間にか目の前に立っていたグレイスを見上げた視界は、酷く滲んでいた。

「さきほどもそうだった。
 まるで自分のことのように、哀しい顔をして」

 おもむろに目元に添えられた人差し指は、溢れそうな涙を掬おうとしてくれるようだ。

「お前にも、そのような相手がいるのか?」
「え……」
「何かに阻まれている想いを持っているから、僕の気持ちがわかるのかと」
「い、いえ……わたくしに、そのような方などは……」

 ぱちぱちと瞬きをして、視界の滲みを取る。
 見下ろしてくる碧い瞳に自分の姿を見つけて、胸が大きく音を鳴らした。
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