冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――ディオン様が、レティシア様に関心を示していない……?

 高貴な人々の気持ちがすべてわかるかといえば、身分も生活環境も違う使用人ごときに理解できるはずはないのだけれど。
 グレイスの言うようなことは、どうにも感じられないとフィリーナは思った。

 少なくともお茶を持っていったとき、ディオンのそばにいるレティシアはとても穏やかに微笑んでいたし、ディオンもまたレティシアをないがしろにしているようには見えなかったからだ。

 ――あのお二人がご一緒にいる姿には、お国の安定さえ見えていたのに。

 話の続きをと言われたのに、頭の中に渦巻く違和感に口を開けない。
 まさかこんなに苦しい思いをされているグレイスに、否定の言葉をかけることなんてできるわけもなく、碧い瞳から視線を落としてしまった。

「僕なら彼女を幸せにできるのにと、何度思ったことか……」

 不意に頬を掬い上げられ、せっかく逸らした視線を合わせられた。
 間近に見つめてくる碧い瞳から、こんこんと苦しい思いが降り注いでくる。
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