冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「これを、ディオン・バルティアの食事に入れてくれないか」
「え……?」

 呆けるフィリーナの小さな口唇に、低く呟いた声が直接吹き込まれる。
 胸元に引き寄せていた手は少し冷たい気がする掌に絡めとられ、中に小さな包みを握らされた。

 ――グレイス様……?

 口にしようとした名前は、触れ合った口唇の間に溶け込んでいく。
 熱くも感じる初めての感触が、男女の口づけなのだと気づいたのは、グレイスの薄い口唇が角度を変えたときだった。

「……ぃや……っ」

 にわかに背筋をなぞるものが何なのかわからなくて、わずかにできた隙間から小さな拒否を零してしまった。
 掌に何かを握ったまま、密着する鼓動伝わる胸元を押しのけようとする。
 口唇に柔らかな感触の残る顔を背けると、グレイスはフィリーナの後頭部を大きな掌で強く抱き込んだ。
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