冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「……え……」


 狂おしく呟くグレイスに、ざわざわと耳鳴りがする。

 ――“どうすることがお前にとって一番最良なのかは、わかるだろう?”

 ――もし私が、これを致さなかったら、私はきっとただでは済まされない。
 けれど、もし事を致してしまったら――……?

「ディオン様、は……どうなるのですか……?」

 熱かった口唇は、悪い想像にひどく震え、抱えきれなかった予感が口をついてこぼれる。
 襲い来る嫌な予感を少しでも軽くしてもらいたくて、すがるように訊ねた。
 けれど、思い上がっていたのか、グレイスは突き放すように、あっさりとフィリーナを解放してしまった。

「お前がそれを聞いてどうする」

 背を向ける瞬間、とても冷たい目を見たような気がして、胸がずきりと痛む。
 窓際の椅子に腰かけるグレイスは、入り口にたたずむフィリーナには目もくれず長い脚を組んだ。

「知る必要はないし、聞かない方がお前のためだとだけは言っておこうか」
「……はい……」
「フィリーナ」
「はい」

 呼ばれてうつむいていた顔を上げると、遠くから碧い瞳が淋し気にフィリーナを見つめた。
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