冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 憧れていた人に少しでも近づけた気がしていたのに、このまま突き放されてしまうのが怖くて、心が焦る。

「こちらへおいで」

 どうやってグレイスの信頼を繋ぎ止めようかと焦っていると、まろやかな声が優しくフィリーナを呼んでくれた。
 フィリーナが戸惑いながらも近づくと、グレイスは震える小さな手をそっと取り上げた。
 さっきまでの冷たい視線は気のせいだったかのように、フィリーナを見上げてくれる碧い瞳は、柔らかく細められる。

「深く考えることはない。お前は何も心配しなくていい」
「グレイス様……」

 静かに言い聞かせるように囁くと、グレイスはいつものようにフィリーナを膝に抱え上げる。
 突き放されたのかと思った焦りは、胸の高鳴りにあっという間に掻き消される。
 恐怖と不安をねじ込めるように、熱い口づけがまたフィリーナの心の目を薄い膜で甘く覆い隠してしまった。



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