冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「頭を上げよ。話しにくくて敵わん」

 圧倒するような高貴な雰囲気はそのままに、ディオン王太子の言葉には、かすかな気遣いが見えた。
 おずおずと恐縮ながらも顔を上げると、漆黒の瞳は真っ直ぐにフィリーナを見つめ、固い表情のまま話を続ける。

「隠そうとしているのなら、何も問題はない。
 貴族の間では、使用人と恋仲になる主も珍しくはないとイアンが言っていた。
 そのイアンからも、グレイスが君にずいぶんと入れ込んでいるようだと聞いている」
「い、いえ、本当にお話の相手をさせていただいているだけで、グレイス様がわたくしなど……」

 ――そうよ……
 グレイス様は私のことなど、露ほども好意の対象とは見てくださらないわ。
 言いつけも守れず、何の役にも立たないただの使用人など……

 それにグレイスは、レティシア姫のことをあんなに大切に想っている。
 寸分ほども違わない事実を自分の中に認める。
 そして口唇に残る熱と冷たく突き放すような声が、胸を苦しく締めつけた。

 ――それでもあの方を思うと、高鳴りが止まらないこの気持ちは……
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