冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
――“不快な思いをさせてしまったようだ”

 思いがけず、労いを見せた漆黒の瞳。

 ――ディオン様は、私の心中を察してくださった……?
 グレイス様を想う心を、悟られてしまったのだろうか。

 いろんなことに気を配り、常に国のためを思っているディオン王太子。
 レティシア姫との結婚も国のためだとはいえ、使用人ごときの想いを察する人が、婚約している相手の気持ちをないがしろにすることなんてあるのだろうか。
 ふと過った違和感は、フィリーナを呼びつけるメリーの声にかき消される。

 あとにしてきた部屋に残されるグレイスの心が心配だったけれど、フィリーナにはもう束の間のひとときさえ、気持ちを軽くしてあげることはできなくなってしまったのだと、気を落としてその場をあとにした。



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