冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*


「メリー、あとでお茶を頼む」
「かしこまりました」

 いつもと変わらない朝食のあと、グレイスは、メリーに声を掛けた。
 広間の入り口に並ぶフィリーナは、まるでそこにいないかのようだ。
 声を掛けられず滲む目元は、広間を出ていく王子達へのお辞儀で誤魔化す。
 メリーの隣で、ぎゅっと身体を縮こませると同時に、心臓が苦しく締めつけられた。


 居場所がなくなるというのは、こういうことなのだろうか。
 いつからか自分の役割になっていた仕事が、また元通りになっただけのことなのにだ。

 ――ああ、そうか……
   自分の気持ちがグレイス様に向いているから、返ってこない瞳が恋しいのだわ。

 空になった食器を下げながら、先日ここで放ったカップの残像を見た。
 言いつけも守れない使用人を、主が見限るのは当然のこと。
 あの甘い時間がもう過去のものになってしまうのはとても哀しいと思ったけれど、どことなくほっとしたような感覚があるのは、気のせいではなかった。
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