冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――もし、私があのとき、ディオン様のカップを奪わなかったら……

 その先を考えるたびにぞっとする。
 グレイスがディオンをどうしようと思っていたのか、その思惑の黒さにも身震いが止まらなくなる。
 実の兄だとはいえ、グレイスにとってディオンはそんなに不都合な存在なのだろうか。
 人の口に入れてはいけないものを、含ませようとするくらい。

 最愛の人が、思い違う相手と結婚するとなれば、そんな感情を抱いてもしかたないのかもしれない。
 だけど、だからといって、命にかかわるようなことまで致さなくてもいいのではないかと思って仕方ない。

 ディオン王太子がその思惑を知れば、グレイスを処罰するかもしれないと思うと、ますます、真実を伝えることはできないと強く思った。

 ――この国のためにお二人が力を合わせて尽力なさる姿は、国民として誇らしく、また美しき兄弟愛すら垣間見られていたのに。

 話を聞かせてほしいと言っディオンには、なんと伝えればいいのか。
 真実を話せば、きっとこれまで保たれていた二人の関係が崩れてしまいかねないのに。
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