冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*


 急いでいるというわりにゆったりと歩き、ダウリスが去って行っ方向が礼拝堂の前を通る道だと気づいたのは、礼拝堂の裏手に出たあとだった。
 はて、と首を傾げながらも、受けた命は全うしなければならない。

「司教様ー、お持ちしましたー」

 芝生の刈り揃えられた裏手の庭の奥には、植栽がずらりと並んだ場所がある。
 もしかしたら、あちらで作業をなさっているのかもしれないとフィリーナは足を進めた。
 
 植栽の壁の一角では、緑のアーチが口を開けている。
 この奥にある薔薇園は、司教が特別に命を受けて管理をしている。
 少々神経質なところがある司教の気に障らないよう、普段こちらに足を向ける使用人はほとんどいない。
 あまり気は進まなかったけれど、フィリーナはおずおずと薔薇園へ足を踏み入れた。
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