冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 近づいてくる高貴な気配に圧されて、恐縮しながらも訊ねる。

「あ、あの、司教様は……」
「司教は今、町へミサに出ている」
「え……」

 おもむろにフィリーナが抱えている鉢に手をかけ、ディオンは飄々と宣う。

「ダウリスはさぞ急いでいたことだろう」

 ――なぜディオン様がそれをご存じなの……

そう思ったところで、フィリーナははっと目を見開いた。

「なるほど、君は賢いらしい。察しがいいようだ」

 苗木を引き受けると、ディオンはそばにある小ぶりのテーブルにそれを置いた。

「私が君を呼んだのだ。誰にも見つからないように」

 言われた通りだ。
 フィリーナは察しよく、誰にも見られないようここに“呼ばれた”理由も理解できた。

「話がしたかった、君と」

 真っ直ぐ貫くように向けられた漆黒の瞳に、胸が大きな音を立てる。
 その音が、罪悪感からなのか、別の何かなのか、今はまだフィリーナにはわからなかった。
 ただ、ディオンが自分をかばってくれたあの広間でのことと、そのときには保留にされた件のことがフィリーナを追い立てた。
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