冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「あれは、少々女性に軽薄なところがある」

 小さな溜め息を吐き呆れたような表情のディオンに、かすかな反発の感情が生まれた。

「それは……違います」
「うん?」
「グレイス様は、たった一人の方を心から愛していらっしゃいます」
「……」

 ――そうよ。
 グレイス様のあのお顔を見れば、どれだけレティシア様を想っていらっしゃるかわかるもの。
 それを知っているのは、私だけ。
 たとえ結ばれない宿命なのだとしても、グレイス様のお心は、誰にも妨げられるものではないわ。

 冷静になった今ならわかる、とフィリーナは顔を向ける。
 グレイスが、ディオンに致そうとしたことは、愛ゆえの一時の気の迷いだったのだ。
 レティシア姫が愛おしすぎて、誰にも渡したくない一心で、わずかに残された希望を掴もうとしただけだ。

 改めてグレイスの心を思うと、たまらなくもどかしくて胸が苦しくなる。
 けれど、見限られてしまったとしても、フィリーナは自分にできる方法で、グレイスの心を守る方法があるのではないかと、ディオンへ反抗ともとれる眼差しを向けた。

「グレイス様は、とても純粋なお方です」

 フィリーナの目に不快な様子も見せないディオンは、しっかりと確かめるように言った。
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