黒き魔物にくちづけを
「えれぬー!?」

傍らから、カラスの驚いたような声が聞こえる。ああビルドもいたのだったと思いつつ、羞恥心などはどこかに吹き飛んでいた。

理由は無かった。ただ、そうするのが一番正しい気がしたのだ。

「……キスは、おまじないだから」

唇を離したエレノアはそう答える。そして、もう一度ラザレスに口付けた。

(……大丈夫。ここには、あなたを害するものはいないわ)

言葉が届かないのなら、唇から思いとして伝わればいい。そんな風に思いながら重ねていると、ふと、ラザレスの身体の強張りが、解けていくのがわかった。

荒々しかった翼の動きも、かたく握りしめられていた拳も、寄せられていた眉間の皺も。少しずつ柔らいでいって、やがて、あんなに暴れていたのが嘘のように、ラザレスは大人しくなった。

「……落ち着いた?」

半信半疑でエレノアは呟く。自分でも、こんなに劇的に効くと思って"おまじない"をしたわけではなかったのだが。

けれど今はそれよりも、ラザレスの容態を確認する方が急務だった。エレノアは急いで上から退くと、怪我をしたところの確認を始めた。そして、すぐに息を呑んだ。

「……熱すぎるわ」

ラザレスの腕に手を触れた時の事だった。焼けた鉄を触ったのかと思うほどに、彼の身体が熱を帯びていることに気付いたのだ。

急いで額に触れると、そこも炎のごとく熱をもっていた。よく見てみると、呼吸も喘ぐように浅い。エレノアはぎょっとして、それからビルドを振り仰いだ。

「ラザレスの容態がおかしいわ。今まで怪我をしてもこんな風になることなかったのに……!」

先ほど確かに、一度落ち着いていたはず。それなのにまた暴れてこんな様子になるなんて、何かがおかしいに違いなかった。
< 226 / 239 >

この作品をシェア

pagetop