黒き魔物にくちづけを
「……まあいいわ。とりあえずそんな感じの名前があるのね」
本人がいないところでいくら話していても埒があかない。とりあえず名前があることがわかっただけでも良いことにするとして、彼女はそうまとめた。
「よびにくいから、ビルドはかしらってよんでるー」
「……もう私もかしらって呼ぼうかしら」
半ば本気で彼女がそう言った、その時のことだった。
がたりと、玄関の方から物音がする。ビルドがぴくりとそちらを振り向いて、「かしらー!」と叫んでそちらへ飛んでいく。
「おなかすいた!ニクだ!ウマそう!」
追おうかと思ったのだが、向こうから聞こえてきたビルドの言葉と獣の低い唸り声に、彼女はつい歩みを止める。
続いて聞こえてきたがつがつという何かを食べているような音に、ああやはりかと思う。どうやら魔物は獣の姿で、カラスと食事中──それも多分狩ってきた動物を食べている。今玄関に行ったらそれなりにショッキングな光景を目の当たりにすることだろう。
別に血が怖いとかそういうわけではないけれど、進んで見たいものではない。特に、自分も食事を控えているのであれば。
「……。私も何か食べましょう」
エレノアは踵を返して台所の方へと向かう。昨晩カラスが取ってきてくれた木の実やら果物やらが残っているので、そこらへんか適当に食べることにしよう。
それぞれが食事を済ませて、少ししたあと。
鞄に入っていた荷物を自室に持ち帰り、荷解きを終えた彼女が居間へと戻ってくると、魔物がソファで横になっていた。
今はもう人の姿に戻っていて(と言うか人の姿でないと玄関をくぐれないのだろう)、その瞼は閉じられていた。時折ぴくりと動いているから、熟睡しているというよりは微睡んでいるようだ。
「あ、えーぬあ」
廊下から彼女の姿を見つけたビルドが声をかけてくる。一応魔物が眠っているのを気にしているのだろか、声がいつもより小さくなっている。
起こしてはいけないと、エレノアも廊下に出て扉を閉めてから、声を潜めてカラスに訊ねた。
「えーぬあじゃなくてエレノアよ。あの人、寝ているの?」
「うん。でも、すぐおきるよ」
「そうなの?」
すぐ起きる、とはどういうことなのか。やけに確信的な物言いに、彼女は聞き返した。
「うん。ふかくねると、わるいユメ、みるから」
「……そうなのね」