黒き魔物にくちづけを

深い眠りにつこうとすると、悪夢にうなされる。だからあんな場所で、ごく浅い眠りにほんの少し身体を休ませているらしい。しかも、カラスの口ぶりから察するに、きっといつもそうしている。そう理解した彼女は、複雑な心境で頷いた。

彼が抱える睡眠に関する問題はなかなか根が深いようだ。一体その原因は、何なのだろう。

「その夢って言うのは、どんなものなの?いつも、見ているの?」

昨晩の様子を思い出しながら、彼女は続けて訊ねる。あれはどう考えても、単なる悪夢のうなされ方では無いはずだ。

「うーん、よく、わからない。でも、マイニチだよ。ヨル、みるんだって」

「毎日……。呪い、とかなのかしら」

毎日、という返答を聞いて、彼女は考える。あんな状態がずっと続いているのなら、身体は相当疲れているはず。それなのに、深く眠ろうとすると必ず悪夢に襲われるだなんて、普通ではないと思う。

「ノロイ……?わかんないや」

ビルドは首を傾げている。どうやらカラスは詳しいことは知らないらしい。

「じゃあ、ビルドでかけてくるねー!ぴかぴか、さがす!」

これ以上は質問しても駄目そうだ、と思ったところで、ビルドはさっさと翼を広げて飛んでいってしまう。つくづく自由な鳥だ。

(……でも本当に、何でなのかしら)

身体の一部が獣になって、翼があんなふうにのたうちまわるほどの悪夢をそう何度も見るなんて、普通では考えにくい。魔物だから、なのか、よほど大きなトラウマがあるのか、あるいはやはり、他の外的要因があるのか……。エレノアは考えて、けれど結局溜息をつく。まだ自分は何も知らないのだから、原因を頭で考えたところでどうにもならない。

(せめて、少しでも休ませてあげた方が良いわよね)

彼女は扉の方向、そこで眠っているであろう魔物を仰ぎ見る。夜に悪夢を見るというのなら、今はうなされる心配はないのだろう。逆に、何かをして起こしてしまうのは申し訳無いし。

そう考えて、エレノアは屋敷の玄関の方へ歩き出す。それならしばらく外へ出ていよう、少しして、起きたであろう頃合に戻ろうと思ったのだ。

行先は──森だ。

(少し、散策といきましょうか)

この屋敷の周りの森に足を踏み入れたことは、一度として無い。ちょうどいい機会だと、彼女はどこかわくわくしながら、その一歩を踏み出した。
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